名所旧跡:No.99 柳坂曽根のハゼ並木 (四季を感じて)
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久留米藩の特産品として
「わが国は 筑後の国や 白日別 母います国 櫨多き国」と地元の並木を詠んだのは、明治浪漫主義の洋画家・青木繁。
櫨(ハゼ)は久留米藩が享保15年(1730)頃から、灯明用のろうの原料にするために植えたものであり、ロウは米に次ぐこの地方の特産品でした。
柳坂曽根のハゼ並木もこの時代の名残で、老木のハゼの木が約200本残っています。
竹野郡亀王村(現;久留米市田主丸町)の庄屋・竹下武兵衛が初めて栽培し、宝暦年間頃、「松山櫨」を発見して他国にも普及しました。その後、小郡の内山伊吉が優良種「伊吉ハゼ」を生み出し、筑後ハゼの名声は高くなりました。
1km以上続く紅の帯
柳坂曽根のハゼ並木は、古木とともに良く保存され、多くの観光客が訪れています。冬の芽、春の新緑、夏の青い実、秋の紅葉など、人々の目と心を癒し、それぞれ時の移ろいを感じさせます。
平成6年には「新・街路樹百景」に選ばれました。
名 称/柳坂曽根のハゼ並木(やなぎざかそねのはぜなみき)
所在地/福岡県久留米市山本町豊田