名所旧跡:No.100 千光寺(あじさい寺) (四季を感じて)
龍護山「千光寺」は耳納連山山麓の静寂な地にあります。
治承4年(1180)。天台密教葉上流の開祖、臨済宗の開祖で、喫茶の習慣を日本に伝えたことでも有名な栄西禅師(千光国師)が、自分で彫った薬師、弥陀、釈迦の三尊像を山中に安置し、白銀山「千光院」を建立したのが起源のようです。
初めは天台派でしたが、栄西が文治3年(1187)、2度目の渡宋からの帰国後は臨済宗となりました。これが我が国最初の臨済宗寺院開基のようです。
建久3年(1192)、草野永平の保護を受け七堂伽藍、塔中七ヶ寺を建立し、「千光院」から「千光寺」に改めたそうです。
曹洞宗に改め、筑後国の曹洞宗の本寺となる。
その後再三の火難により建物や寺宝の多くが失われましたが、火難を封じ、懐良親王の御霊を護るため、応永27年(1420)、後小松天皇から「龍護山」という山号の勅額を賜りました。
文亀2年(1502)年には、草野重永が周防国の龍文寺から黙巖禅師を招いて中興を図り、以後曹洞宗に改め、草野氏や歴代藩主の保護を受け、寛永6年(1629)には、筑後国の曹洞宗の本寺となります。
昭和57年(1982)頃から本堂の南側と西側にアジサイを植えはじめ、現在約4000株以上のアジサイが境内を埋めつくしています。最近では「あじさい寺」としてその名を知られるようになりました。
また、あじさい群の中に台風の被害から蘇った金木犀や大銀杏、大槙(いずれも樹齢約500年と推定される)、慶良間つつじ(同300年)等、寺の古さを物語る古木・銘木があります。
名 称/千光寺(あじさい寺)
所在地/福岡県久留米市山本町豊田
宗 派/曹洞宗
栄西禅師は、千光寺建立3年後にあたる建文6年(1195)に、日本最初の禅道場となる「聖福寺」を博多に建立しています。